宮田かなさん あるがままのあなたがすばらしい

かなさんを応援する仲間たちから・応援文集

   


香奈へ
 
 もうすぐ高校受験だね。早いなぁ〜、あっという間に大きくなっちゃたなぁ〜ってつくづく思うよ。
 あのね・・・、お父さんとお母さんは、香奈が幼稚園に入る前ぐらいから、同い年の子に比べて言葉が遅いことをとても心配していたんだよ。ちょっと遅いだけ・・・大丈夫。そう思って、あの頃はあせって、いろんなことを無理に頑張らせていたかもしれない。ごめんね。
 でも香奈は、簡単にあきらめなかったね。スイミングも、リトミックも、ピアノも、バレーも、途中で投げ出さないで頑張って続けたね。勉強はどんどん難しくなって大変だったけど、宿題や提出物はこつこつ努力してきたね。
 なんでも真面目にいっしょうけんめい頑張ってきたんだから、きっと大丈夫。結果は後からついてくる。
 お母さんは今までそうだったように、“なるようになる”―香奈にあった高校にきっと合格できる―と思っているよ。それがなぎさ高校だといいね。
 覚えているかなぁ?近所の子たちが通っていた、勉強する幼稚園には入れなくて、桃の里幼稚園に通うことにしたでしょ。みんなと一緒に絵の具だらけになったり、泥だらけになったりして遊んだね。先生はいつも「いっぱい遊べたねぇ〜」ってほめてくれたね。
 交野に引越して来て、ひかりの子幼稚園でも、みんなと一緒にお料理を作ったり、いろんなものを作ったりしたね。先生に手伝ってもらいながら、初めて縫ってくれたポケットティッシュ入れは、今でもお母さんの宝物だよ。お泊り保育のとき、スイカの皮まで食べちゃって「香奈ちゃんと一緒に大笑いしました。」って先生が後で教えてくれたよ。楽しいエピソードがいっぱい。
 交小もほとんど休まず通ったね。学校行事は楽しんで、張り切って取り組んでいたね。修学旅行が一番の思い出かな?楽しいことや嬉しいことばかりじゃなくて、嫌なことやつらいことも多分あったと思う。でも香奈は、みんなの中で過ごすことが本当に好きなんだね。だって「学校に行きたくない。」なんていうのを聞いたことないもん。
 一中ではバレー部で、ケガをして長く休んだこともあったけど、仲間と一緒に引退までよく頑張ったね。「サーブがはいったぁ〜」とか、「アタックが決まったぁ〜」とか、「ナイス!って言われたぁ〜」って、息を切らして帰って来て、嬉しそうに話してくれたね。お母さんもうれしかったよ。『背番号11』・・・ドキドキしながら出た試合もあったね。バレー部の仲間とたくさん手紙の交換をしたり、クリスマス会をしたり、お花見をしたり、カラオケに行ったり、楽しいことがいっぱいあったね。最後の試合の帰りに、先生がみんなにケーキセットをおごってくれたこと、みんなでいっぱい写真を撮ったこと・・・忘れられないね。
 ほらね・・・香奈は自然と自分にぴったりの居場所を見つけてきたでしょ。だからきっと高校も大丈夫。お母さんはそう信じているよ。
 お父さんが応援団長だって言うから、お母さんは副団長、ず〜っと香奈を応援しているよ。
              2007年2月7日  お母さんより