1.高校受験をめざす
2月23日大阪府立高校の前期入学試験が行われました。今年もたくさんの障害のある生徒が高校受験に挑戦しました。私も仲間に入れてもらっている“知的障害者を普通高校へ北河内連絡会”に参加する寝屋川市と枚方市在住の生徒だけでも17人の人が受験しました。支援学校ではなく、(普通高校に設けられた)「自立支援コース」や(高等支援学校に籍を置きながら普通高校に通学する)「共生推進コース」も含めて、一般高校への受験です。
その中の一人にYさんがいます。人工呼吸器をつけて、全介護が必要なYさんですが、中学生から地域の学校に行きたいと願って、支援学校から公立中学校に転校しました。3年間の中学生活を送る中で、友だちや職員、校長、教頭が変わって行き、今では毎日楽しい学校生活を送っています。Yさんとの関わりの距離が近い程、また関わりの時間が長い程、お互いの理解が進み、変わって行くのだと改めて思い知ることになりました。
そのYさんは、当たり前のように、支援学校ではなくみんなと一緒に普通の高校へ行きたいと希望しました。今は受験を希望して拒否する学...校はありません。しかし一方で「どうぞ」と言いながら、「受験に合格してはいってください」ということになるわけです。
だからこれまで20年以上にもわたって、府教委に要望を上げ、話し合いながら一人ひとりに必要な「受験上の配慮事項」を、その都度作って対応してきました。別室で受験するとか、問題用紙の拡大、代読、代筆、問題用紙と回答用紙を分けない、時間の延長…など、様々な工夫が生み出されてきました。
Yさんの場合は、中学校でテストを受けるときと同様の体制でできるように要望しました。別室で受験、Yさんに問題を読む人、Yさんの回答(まばたきを2回したら「イエス」の意思表示です)を読む人、看護師の配置です。ところが府教委は、「他の受験生との公平性を保つ」ことを理由に、看護師は控室で待機、介助者(中学校の教師)はひとりだけしか認めようとしませんでした。つまり介助に入った先生が一人で問題をYさんに読み、Yさんのまばたきを読み取って、それを回答として代筆者(高校側の教師か府教委)に伝えなければなりません。しかもそれを3時間(後期試験では5時間で午後もあります)、正確さを求められる極度の緊張と責任も感じることでしょう。また看護師の付添いは試験の介助ではなく生活介助であること、離れていては万一の場合緊急の対応ができないことを上げて、再考してもらえるように学校や市教委、府教委に何度も要望しました。
その結果、受験の同じ部屋の中にパーテーションを用意して、そこに看護師が待機して、「別室に控えていると解釈する」ことになりました。しかし介助の教師はひとりしか認められませんでした。
国連障害者の権利条約が批准されて、「障害に基づくあらゆる区別、排除または制限」が差別であると定義づけられ、社会的障壁をなくすための「合理的配慮」をしなければならないことになりました。いわば大阪で長年取り組み続けてきた「受験上の配慮事項」は、その「合理的配慮」であるといえます。しかし、肢体や視覚、聴覚などの障害に対する配慮は行われても、「点数がとれない」知的障害に対する合理的配慮は全くなされていないと言わざるをえません。多くの知的障害のある生徒たちやその保護者が、友だちといっしょに高校へ行きたいと願いながら合格できずに、希望していない支援学校に行かざるをえなかったり、最初から高校受験をあきらめてしまう現実があります。
受験の後Yさんに「試験はどうだった?かんたんだった?」と聞くと、2回まばたきを返して自信のほどを示してくれました。「後期の試験も頑張って」というと、はっきりとまばたきを2回繰り返しました。Yさん、やる気満々です。あす3月2日は、「前期試験の合格発表」です。さてどうでしょうか。
2.残念ながら不合格!次は後期受験を目指します!!
大阪府立高校前期合格発表の日、Yさんのお母さんからメールが届きました―
前期の発表が今日でした。結果は残念ながら不合格でした。発表時間の30分以上前から人だかりが門の外にできていて、発表が始まるとすぐに人の波も引けました。何人か北河内でお会いする人たちと会い、「あかんかったなあ。次よ、次頑張ろう!」と励ましあい、話をしました。Yは普通に3教科を受験し、面接のみの自立支援コースの発表も同時でした。
帰ろうとすると「Y君!」と声をかけられ、同じクラスの女の子でした。彼女は合格していて、Yが「あかんかった。次がんばらな!応援してくれる?」と言うと、彼女は「うん、がんばって!」と言ってくれました。Yは「ちょっと落ち込んだ」と言いつつ、見た目はいつも通りで、私も「さすがにやはり勉強せなあかんな。頑張ろうな」と声をかけました。せっかくこの体験をしたのだから、後期に生かして少しでもより良い条件で受験できるよう、もう一度介助に入った先生に話を聞き取り、学校、市教委・府教委に声をあげていけたらと思います。...引き続きよろしくお願いします―
北河内連絡会に参加している人たちの中では、私学や専門学校の合格者はありましたが、府立高校では、枚方なぎさ高校の「知的障がい生徒自立支援コース」に一人が合格しました。何せ3人募集のところに13人が受験し、4.33倍という高倍率になってしまいました。それは障害のある生徒たちが「みんなといっしょに高校へ行きたい」と願う気持ちが広がっていることのあかしでもありますが、府内で(大阪市立2校も含めて)11校・33人(各校3人の特別枠)という狭い枠しかありません、勢い障害者の受験競争をあおる結果にもなってしまいます。
Yさんは「ちょっと落ち込んだ」と言いつつ、後期も一般受験に挑戦します。前回書いたように、問題の代読と回答の読み取りの二人の介助者(教員)をつけられるように要望しています。Yさんだけではなく、多くの障害のある生徒たちが、後期に向けて現在「受験勉強?受験の準備?」に取り組んでいるところです。
後期は9日(月)・10日(火)が願書提出、16日(月)が入試で発表が23日(月)です。
3.ユウタロウさん、映画『風は生きよという』に出演
Yさんこと新居優太郎さんが映画に出演しました。「Yさんなんて書いてるけど、バレバレやん!」と言われてしまいました。お母さんがコメントを書いてくださるし、貼り付けた写真に写る合格祈願には名前がくっきりと写っています。しかも映画にも出てしまいましたので、はっきりと本名で登場してもらいます。
昨日(3月8日)ドキュメンタリー映画『風は生きよという』とその後の交流会に参加しました。グランフロント大阪の広い会場が250人を超す参加者で埋まりました。4人の人工呼吸器ユーザーをカメラが追い、日常の暮らしや、会話、風景と音が、淡々と映し出されます。決して説明的ではない画面を通して、むしろ生きていることの楽しさ、人とつながり合うことの面白さ、いのちを生かし合うことのすばらしさを、私は感じました。
映画の出演者が登壇してのトークショーと引き続いての人工呼吸器ユーザーの座談会では、とにかくどの人の話も明るく快活で、自立生活の充実感が伝わってきました。特に、「自立とは自分は何をするか、何ができるかではなくて、自分が選択して決めるということ」「イメージを変える」「知...ってほしい」という言葉が随所に出てきて印象に残りました。
その中に混じって中学3年生の優太郎さんがしゃべります。さぞかし緊張しただろうとお母さんがたずねると、「ぼくは色んな人と会うのが好きだから楽しい。中学は、友だちといっしょにいるので楽しい。理数系の勉強が好き」と、250人を前に「まばたきを使ってしゃべって」いました。
呼吸器から吹いてくる空気を「風」と表現して、タイトルを象徴したということです。国の「尊厳死」法制化の動きをきっかけにして映画作りをはじめたそうですが、主催者あいさつの最後に書かれた「『尊厳ある死』は、『尊厳ある生』の向こうにあるのです」との言葉の意味を重くかみしめました。90分の映画は、今後優太郎さんの高校受験など、新たな場面を付け加えて完成する予定だということです。
9日・10日が大阪府立高校の後期入試の願書提出日になっています。優太郎さんは後期も一般校を受験する予定です。16日が入学試験、23日が合格発表です。優太郎さん以外にもたくさんの障害のある生徒たちが受験に挑戦します。
4.中学校卒業と後期試験
3月16日は、大阪府立高校の後期入学試験がありました。府内の各地でたくさんの障害のある生徒たちが受験しました。もちろん優太郎さんも前期入試に引き続いて2回目の挑戦をしました。今回は「受験上の配慮」として強く要望していた、介助員として2名の教員がつくことがようやく認められました。ただし、前半と後半で1名ずつが交代で付くという形です。つまり他の受験生たちとは別室で、その部屋のパーテーションで隔てられたところに看護師が待機しながら、一人の中学校の教師が問題を読んで、優太郎さんの瞬きする合図を読み取り、横にいる高校(か府教委)の教師に回答として伝える。3時間の試験の後もう一人の教師と交代する。そういう受験となったわけです。
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以前(3月1日・4日付)書いたように、「他の受験生との公平性を保つため」を理由にかくもかたくなな態度を取る意味が一体どこにあるのでしょうか。障害者権利条約で保障されているにもかかわらず、「点数が取れない」という知的障害に対する合理的配慮は全くなされていません。さて、23日が合格発表です。乞う、ご期待!
お母さんが中学校の卒業式の...様子をFBに投稿されました。コピペしてシェアします。
昨日は息子の中学の卒業式。支援学校の小学部から地域の中学校に入学し、もう3年が経った。人工呼吸器をつけた、ストレッチャーのような車椅子の子供が来たということで「こんな子は来るべきじゃない」とか「病院にいるべき人だ」等と言われ、なかなか受け入れてもらえず、友達もいなかった。
なかなか思うようにわかってもらえず悔しい思いもしたけど、少しずつ距離が縮まり、年々力を貸してくれる人たちも増えてきた。
気管切開をしてる息子は声を出して話ができず、まばたきで問いかけに返事をするしかできず、学校に通っていてもクラスの子達とほとんどコミュニケーションがとれなかった。しかし友達がほしい、メール等でやり取りがしたいと思っていて、卒業を機にクラスメートとそれっきりになってしまうのも悲しいので、自分の連絡先を書いたものをみんなに渡したいと言った。その気持ちを理解して協力してくれるMさんの娘さんが、息子の似顔絵を書いてくれ、それを載せた名刺を作ってくれた。
卒業式は感動のうちに終わり、クラスの子達や仲良くしてくれた子達に名刺を渡し、みんなとお別れした。帰ってすぐタブレットを見ると、何と送ってくれている子がいた〜!男子二人女子二人が連絡をくれていた。なんて優しい子達!急いで返事をすると、早速また返事をくれ、返事に追われ嬉しい悲鳴!これからも、繋がっていけたらと思うと本当に嬉しくなった。地域の学校に行ってよかった。心からそう思う。5.後期入学試験不合格、さらに挑戦!卒業式に配った名刺とメッセージカード
23日、大阪府立高校の後期入学試験の合格発表がありました。
“知的障害者を普通高校へ北河内連絡会”に集う人では、本日わかっている範囲では、前期に自立支援コースを受験して不合格だったSさんが定時制高校に合格、Yさんは高等支援学校に合格、Iさんは不合格ですでに合格していた専門学校に決めました。4月からは高校生活が始まります、みなさんいっぱい友人・仲間を作って楽しんでくださいね。
優太郎さんは残念がら今回も不合格でした。それでも負けじと、今度は定員割れしている高校の2次募集に、3回目の挑戦です。
◆“知的障害者を普通高校へ北河内連絡会”の学習会を開きます。
高校受験の取り組みの経過と結果の報告もあります。...
みんなといっしょに高校へ行きたい
(1)今年度の高校受験の経過と結果の報告
(2)講演:私が経験したこと・考えたこと
@新 みすずさん(障害児の母親)「わが子と一緒に歩んだ10年に渡る高校受験と、高校生活の道。そしてこれからのこと」
A廣木 佳蓮さん(障害児のきょうだい)
「おーい!おーちゃん!障がいのある弟とのハッピーデイズ」
(3)フリートーク・もっと質問したいこと
※学習会終了後、どんな小さな疑問にも答える進路相談会を開きます。
6.ばんざぁーい!ユウタロウさん合格!!
「受験番号があったー!5001番が!!」(お母さんの声、下の写真)
大阪府立高校の入学試験で前期・後期とも不合格だった優太郎さんが、2次募集のあった定時制高校を受験して見事合格しました。2次募集とは、後期試験で受験者が募集人数に満たなかったために、後期試験合格発表の後、再度不足分を募集して行う入学試験です。ちなみに2次募集でも定員割れをしていました。
お母さんがFBに、受験の様子と合格発表の時の様子を「迫真の筆致」でつづっておられるのでコピペさせていただきます。
(その1)受験の日...
先ほど2次募集の高校に受験しに行ってきました。
あまり知られてない2次募集。後期試験の後、定員に満たない学校で実施されますが、願書を出すと同時に面接があります。試験はないので、そこで定員割れだと合格らしいのですが、一応二日後に発表があります。
その面接ってどんなものか?ほとんど誰も知らなくて、中学を通じて聞いてもらうと、親は付いて行っても(普通は一人で行くと思いますが)別室で待ち、本人一人で10分位面接するらしいのです。
うちの子は車椅子だし、痰の吸引が常に必要なのに、一人で大丈夫?!しかも声を出してしゃべれないのにどうやって?!と思い、予め本人に聞いた文章で、自己紹介、中学校での様子、高校に行きたい理由などを書いたものと、中学での写真を持たせて、「しゃべれないので、これを見てください」と言い残して私は別室へ行きました。5分くらいで終わり、ほっとしました。後で本人に聞くと、名前や「高校に入りたいですか?」など聞かれ、持っていったピーアールの書類を見てくれたそうです。
発表までは落ち着きませんが、やっと終わったーという感じです。まだ決まってないので実感は湧きませんが…。
面接が終わり、ほっと一息
※(松森)一人で面接を受けた優太郎さんが、試験官の「あなたの名前は アライ・ユウタロウですか?」の質問に2回瞬きを返し、さらに「高校に入りたいですか?」と聞かれて、前にもましてはっきりと瞬きする姿が想像されます。試験会場で優太郎さんと高校の教師たちとの間で、きっとコミュニケーションが生まれていたにちがいありあません。
(その2)合格発表の日
合格しましたー!三度目の正直で?!ようやく決まりました!皆さま応援ありがとうございました。
発表があり、本人は「嬉しい!ほっとした」と言うものの、結構冷静(^_^;)
合格の余韻に浸っていたら、先生たちに呼ばれ、「時間があれば話を聞かせてもらってもいいですか?」と。来たー!もう先生たちは受け入れる体制を作ろうと動いてくれていて、話を早く聞いておこうと言ってきてくれました。障害の名前や、中学での授業の受け方や様子、用意するものがあるか?等々細かく質問責めでした。
話の後、映画の続きの撮影も許可されていたので、合格決定後のインタビューを撮られ、あっという間に夕方の合格者登校の時間になりました。
説明や書類をその場でひたすら書かされ、2時間。長かったー!帰る間際に准校長が挨拶に来てくれ、「合格おめでとうございます。至らないこともあると思いますが、こちらも勉強させてもらいます」と言ってもらえ、優しそうな先生が多そうで少し嬉しくなりました。
また入ってみてからいろいろあると思いますが、優太郎のことをゼロから知ってもらい、環境の変化に順応して高校生活を楽しんでいけたらと思います。
支援、心配、協力、等皆さまにはたくさんしていただき、ここまで来ました。これからもどうぞよろしくお願いします。
はー、やっとほっとした〜(^o^;)嬉しいー♪
受験番号があったー!5001番が!!
※(松森)合格発表後すぐに高校の先生たちが声をかけてくれたことが、どれほどお父さんやお母さん、何よりも優太郎さんを励ましたことでしょう。いい高校に入れた、そんな充実感を持っておられるのではないでしょうか。優太郎さんがどんな高校生活を過ごすことになるのか、面白そうで、楽しみです。